LP022_最低賃金の変遷について
2026/09/28
【ブログ】ここ15年、日本の最低賃金はどう変わってきたのか──「時給1,000円時代」の来し方と行く末
日本の地域別最低賃金は、ここ15年ほどで「700円台前半」から「1,100円台」へと大きく様変わりしました。ニュースで毎年10月頃に「今年も過去最高額の引上げ」と聞くのに、いったい何が起きているのか。今回は制度の枠組みをおさらいしつつ、2010年頃から現在までの推移と、その裏にある政策・経済の動きをたどってみます。
そもそも最低賃金はどう決まる?
最低賃金には、都道府県ごとに定められる「地域別最低賃金」と、特定産業について定められる「特定最低賃金」の2種類があります2。使用者が最低賃金以上の賃金を支払わないと、労使間で合意していても法律上その定めは無効となり、罰則(50万円以下の罰金)の対象にもなります1。
決定手続は少し独特で、まず厚生労働大臣が中央最低賃金審議会に諮問し、公労使三者の審議を経て「目安」が示されます52。これは1978年から続く「目安制度」で、47都道府県をA〜D(2021年度時点)のランクに区分してランクごとに引上げ額の目安を示す仕組みです52。地方最低賃金審議会が、この目安と地域の経済・雇用指標を参考にしながら答申を行い、10月1日前後に発効するというのが毎年の流れになっています53。
考慮すべき要素は法律で決まっていて、①労働者の生計費、②賃金、③通常の事業の賃金支払能力の3つです(最低賃金法9条2項)53。この3要素のバランスが、実は各年の引上げ幅を大きく動かしてきました。
2010年〜2014年:「生活保護との逆転」を解消せよ
まず押さえておきたいのが、2007年の最低賃金法改正です。この改正では、生計費を考慮する際に「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」ことが最低賃金法9条3項に明記されました43。当時、最低賃金の額が生活保護水準を下回るいわゆる「逆転現象」が起きており、これを解消すべきという問題意識が背景にあります43。
この規定を受けて、2008年から2013年にかけて、大都市部を中心に生活保護との乖離解消を目的とした引上げが続きました99。北海道、青森、宮城、埼玉、千葉、東京、神奈川、京都、大阪、兵庫、広島など12都道府県で乖離解消のための上乗せがなされ、2014年度の改定後にはすべての都道府県で最低賃金が生活保護水準を上回る状態にたどり着いたのです5499。
この間の全国加重平均額は、2010年度730円、2011年度737円、2012年度749円、2013年度764円、2014年度780円と推移しています48。とくに2011年度は東日本大震災の影響もあってか+7円と抑制的で、公労使の意見が一致せず公益委員見解として答申が出されました51。
2015年〜2019年:「毎年3%」時代
2015年度以降、風景がガラッと変わります。全国加重平均は798円→823円→848円→874円→901円と毎年3%前後の引上げが続きました48。政府が「年3%程度の引上げ」を目標として掲げ、これに沿って中央最低賃金審議会の答申が組まれる、という運用が定着した時期です55。
この時期は「引上げ率が労働者の賃金の伸びよりも大きい」状態が続き、最低賃金額の近傍で働く労働者の割合(影響率)が上昇していきました42。30人未満の小規模事業所では影響率が10%を超える年が続き、最低賃金が単なる下限規制ではなく、実質的な賃金設計の基準になっていく変化が起きていたわけです42。
2020年:コロナで例外的な「据え置き」
そこに新型コロナウイルス感染症が直撃します。2020年度の目安について中央最低賃金審議会は「引上げ額の目安を示すことは困難であり、現行水準を維持することが適当」と判断し、結果として全国加重平均の引上げ額はわずか+1円(901円→902円)にとどまりました42。目安制度が始まった昭和53年度以降でも異例の事態です。
2021年〜2025年:怒涛の「過去最高更新ラッシュ」
コロナ禍が落ち着き始めた2021年度から、様相は再び一変します。全国加重平均額はこう推移しました。
- 2021年度:930円(+28円)48
- 2022年度:961円(+31円、当時の目安制度開始以降で最高額)21
- 2023年度:1,004円(+43円、過去最高を更新し、ついに大台の1,000円超え)24
- 2024年度:1,055円(+51円、再び過去最高を更新)25
- 2025年度:1,121円(+66円、5年連続で過去最高を更新)23
とくに2023年度に「全国加重平均で1,000円」を突破したことは象徴的で、地域間格差(最高額に対する最低額の比率)も、2021年度78.8%→2025年度83.4%と、11年連続で改善しました2399。東京都でみると、2022年度1,072円21→2023年度1,113円26→2024年度1,163円25→2025年度1,226円23と、わずか3年で150円以上跳ね上がっています。
なぜここまで急ピッチな引上げが続くのか
背景には、日本経済の局面転換があります。長らく続いてきた「価格据置き型経済」=デフレから、物価上昇局面へと日本が移行するなかで、政府は「物価高に負けない賃上げ」を政策の柱に据えました83。賃上げの原資を中小企業まで行き渡らせるためには、労務費・原材料費・エネルギーコストの上昇分を取引価格に転嫁できる環境整備が不可欠、という発想です82。
この観点から、公正取引委員会は「労務費指針」を策定し、労務費上昇の説明資料として最低賃金の上昇率や春季労使交渉の妥結額といった公表資料を根拠にすることを認めました81。さらに2026年1月施行の改正下請法(取適法)では、価格協議の義務化などが盛り込まれ、「最低賃金の上昇率を根拠に価格改定を求めたのに協議に応じない」といった行為が明示的に規制されることになっています7583。最低賃金の引上げは、単独の労働政策ではなく、価格転嫁・下請法改正とセットで動く「構造改革」の一部として位置づけられているのです。
政府目標は「2030年代半ばに1,500円」
そして今、政府は次の目標として「2030年代半ばまでに全国加重平均が1,500円となることを目指す」ことを明示しています969798。厚生労働省の業種別振興指針にもこの目標が組み込まれ、事業者に対しては業務改善助成金やキャリアアップ助成金の活用が促されています96105。
現在1,121円ですから、あと約380円。単純計算だと年60〜70円のペースで引き上げ続ける必要があり、直近数年の水準がそのまま「新しい標準」として求められることになります。
おわりに
ここ15年をふり返ると、最低賃金の引上げは「生活保護との整合性」から始まり、「年3%政策目標」を経て、いまや「デフレ脱却と価格転嫁の司令塔」的な役割を担うところまで来ました。企業実務としては、パート・アルバイトを募集する際の時給設定が最低賃金を割り込まないよう毎年10月前後の改定を確認することは当然として23、月給制社員の時給換算チェックや、下請取引における労務費転嫁交渉への備えまで、対応範囲は広がっています。
「時給が上がる」というシンプルな現象の裏で、労働法・取引法・産業政策が絡み合っている──それが、いまの最低賃金をめぐる風景なのだと思います。
AIの回答には誤りが含まれる場合があります。実際の文献もあわせてご確認ください。
----------------------------------------------------------------------
オンライン法律事務所タマ
東京都東大和市上北台3-429-24 サンライズビル305
電話番号 : 080-7026-2558
弁護士による非対面の法律相談
弁護士として労働問題に対応
弁護士による企業法務の相談
弁護士との顧問契約で築く信頼
----------------------------------------------------------------------