LB008_肖像権とパブリシティ権
2026/08/20
「勝手に写真使わないで!」で終わらない話——肖像権とパブリシティ権を、事例で読み解く
こんにちは。今回は、SNSや広告、動画コンテンツを扱う人なら一度は気になったことがあるはず、「肖像権」と「パブリシティ権」の話をしていきます。
「なんとなく分かるけど、違いは?」「有名人だと何か特別なの?」と聞かれると、意外と説明が難しい2つの権利。実は、これらは日本の法律の条文に直接書かれているわけではなく、裁判所が判例の積み重ねを通じて認めてきた権利なんです85。ここでは、実際の裁判例を追いかけながら、その輪郭を掴んでいきましょう。
そもそも「肖像権」って?——出発点は憲法13条
肖像権の議論の出発点として必ず引用されるのが、京都府学連事件(最大判昭和44年12月24日)です92。デモ行進中の参加者を警察官が無断で撮影したことが問題となった刑事事件ですが、最高裁はここで、「何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由」を有すると判示しました92。そして、正当な理由もなく個人の容ぼう等を撮影することは憲法13条の趣旨に反するとしたのです92。
これがいわゆる「肖像権」の憲法的な土台になっています。
もっとも、この判決自体は刑事事件(犯罪捜査のための撮影が許される要件)に関するもので、民事の一般ルールとしての整理はしばらく後回しになりました。民事的な判断枠組みを最高裁が明確に示したのが、和歌山毒入りカレー事件(最判平成17年11月10日)です91。
この事件では、写真週刊誌のカメラマンが、被疑者が勾留理由開示手続を受けている法廷で、手錠・腰縄姿の被疑者を裁判所の許可なく隠し撮りしたことが問題になりました91。最高裁は、肖像権侵害の違法性を、次のような総合考慮で判断するとしました91。
被撮影者の社会的地位、活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、社会生活上受忍すべき限度を超えるかどうかで判断する91
そして本件については、法廷という場所での隠し撮り・手錠腰縄の状態などを踏まえ、違法と判断しました91。同じ判決の中で、法廷での被告人を描いたイラスト画についても興味深い判断を示していて、資料を見せられているような様子の描写は違法とはいえないが、手錠・腰縄で拘束された状態を描いたものは違法だとしています91。「描写だからOK」ではなく、何を、どんな状態で描くかが問われるわけですね。
有名人だから撮っていい?——受忍限度の判断
「じゃあ芸能人は公人だから、街で撮っても大丈夫でしょ?」と思いがちですが、そうとは限りません。
たとえば、公道を通行中の芸能人を撮影した写真を雑誌に掲載した事案では、東京地裁が肖像権侵害を認めています(東京地判平成16年7月14日)8。公共の場所であっても、撮影・公表の態様次第で違法になりうる、ということです。
一方で、写真週刊誌の報道全般が違法かというとそうでもなく、たとえば「丸和モーゲージ」事件に関与したとされる不動産鑑定士について、写真と揶揄的な記事を掲載しても、肖像権侵害を理由とする損害賠償請求は否定された例もあります(岡山地判平成3年9月3日)13。また、雑誌上に「殺人鬼」等の見出しを付けて写真を公表した事案でも、「専ら公益を図るため」として違法性が阻却され請求が棄却されたケースもあります(東京地判平成19年2月28日)24。
つまり、肖像権侵害の判断は「撮ったこと」「載せたこと」だけで決まるのではなく、目的の公共性・公益性、態様、被撮影者の立場などの総合評価で決まるわけです91。
SNS時代の肖像権——「拡散」の場面で
近年は、SNS上での無断利用が典型的な争点になっています。
たとえば、出会い系サイトの広告に一般人の顔写真を無断使用した事案では、広告制作会社と写真持ち込み者への肖像権侵害に基づく損害賠償が認められました(東京地判平成17年12月16日)12。また、投稿記事に他人の写真を無断で使った事案でも、社会的地位等を考慮しても受忍限度を超えるとして肖像権侵害が明らかとされ、発信者情報開示請求が認められています(東京地判令和3年12月23日)20。
「相手の写真を使って投稿する」という日常的な行為が、そのまま損害賠償や発信者情報開示につながる、というのが今の実務感覚です20。
ここから「パブリシティ権」の世界へ
さて、肖像権が主に精神的な人格的利益を守るのに対して、著名人の氏名・肖像には商業的な価値があります。「〇〇さんが着ている服」「〇〇さんが宣伝しているサプリ」——こう聞くだけで買いたくなる力、いわゆる顧客吸引力ですね。これを排他的に利用できる権利がパブリシティ権です8568。
日本でこの概念が最初に語られたと言われるのが、マーク・レスター事件(東京地判昭和51年6月29日)185。映画の主演俳優に無断で、映画中の肖像を菓子のテレビCMに使ったことが問題となり、裁判所は「主演者の肖像・氏名についての人格的・経済的利益」の侵害を認め、財産的・精神的損害の賠償を命じました1。ここで「経済的利益」の側面が明確に語られ、後のパブリシティ権の議論につながっていきます。
その後、おニャン子クラブ事件(東京高判平成3年9月26日)で、芸能人の「パブリシティの権利」に基づく差止め・損害賠償請求が認容されるなど1630、下級審の判例で少しずつ輪郭が定まっていきました。
最高裁が枠組みを示した——ピンク・レディー事件
そして2012年、最高裁が初めてパブリシティ権を正面から認めたのが有名なピンク・レディー事件(最判平成24年2月2日)です69385。
事案は、女性週刊誌が「ピンク・レディーの振付を使ったダイエット法」を紹介する記事の中に、彼女らの白黒写真を約3ページ・小さめのサイズで無断掲載したというもの693。最高裁は、以下のように整理しました693。
- 氏名・肖像等は「個人の人格の象徴」であり、みだりに利用されない権利は人格権に由来する
- そのうち商業的価値(顧客吸引力)を排他的に利用する権利がパブリシティ権である685
- 侵害となるのは、次のいずれかに該当するなど、専ら顧客吸引力の利用を目的とする場合693
- ① 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合(ブロマイド・グッズ化など)
- ② 商品等の差別化を図る目的で肖像等を付す場合
- ③ 肖像等を広告として使用する場合
本件は、写真は記事内容を補足する目的で使われ、白黒で小さく、雑誌全体(約200頁)のうち3頁に留まっていたので「専ら顧客吸引力の利用を目的とする」とはいえない、として侵害を否定しました693。
この「専ら基準」+「3類型」が、以降の実務のスタンダードになっています8786。金築裁判官の補足意見では、「専ら」を過度に厳密に解する必要はなく、写真の大きさや記事との関係を比較検討して、記事が添え物にすぎないような場合は「専ら」と言ってよい、とも述べられていて、実務上のヒントになっています86。
「侵害あり」「侵害なし」——判断の分かれ道
ピンク・レディー事件で「侵害なし」となったのとは対照的に、ENJOY MAX事件(東京地判平成25年4月26日)では、女性芸能人を被写体とする写真を無断で雑誌に掲載した行為がパブリシティ権侵害と認められ、さらにパブリシティ価値の毀損自体を損害として賠償が認められました3784。
また、書籍の出版でも、アイドルグループのメンバーの写真を無断掲載したことがパブリシティ権侵害とされた例があります(東京地判平成25年4月26日、知財高判平成25年10月16日)4449。
逆に、中田英寿事件(東京地判平成12年2月29日)では、サッカー選手の伝記に肖像写真24枚が無断掲載されましたが、「著名人について紹介・批評する目的で書籍を執筆・発行することは表現・出版の自由に属する」として、パブリシティ権侵害は否定されました78。同じ「著名人の写真を書籍に載せる」でも、書籍全体の目的が紹介・批評か、それとも顧客吸引力のフリーライドかで結論が分かれるわけです。
最近の事例では、令和5年に、キャバクラ嬢として著名だった「エンリケ」の名称等の使用が、パブリシティ権を侵害するとされた事案もあります(東京地判令和5年11月30日)36。氏名・肖像だけでなく、サイン、署名、声、ペンネーム、芸名も「人物識別情報」として保護対象になり得るというのが現在の理解です79。
「モノ」にはパブリシティ権はない——ギャロップレーサー事件
面白い議論として、「有名な競走馬の名前を無断で競馬ゲームに使ったら?」というのがあります。名古屋地裁・名古屋高裁は競走馬について物のパブリシティ権を認め損害賠償を命じたのですが3338、最高裁(ギャロップレーサー事件、最判平成16年2月13日)はこれを否定しました29。競走馬の名称等の使用について、法令の根拠なく所有者に排他的使用権を認めることはできない、というのがその理由です29。
この判例により、「モノや動物のパブリシティ権」は基本的に認められないというのが現在の実務です89。
肖像権とパブリシティ権、どっちで攻める?
同じ「無断で写真を使われた」でも、心の痛み(人格的利益)を主張するなら肖像権、経済的損失(顧客吸引力の毀損)を主張するならパブリシティ権、という整理になります8368。理論上は両立し得ますが、実際には両方を主張しうるケースは限られると、最高裁調査官解説でも指摘されています83。
もっとも、両方を認容した裁判例もあります。東京地判平成16年7月14日は、公道通行中の芸能人写真の掲載について肖像権侵害を認めつつ、パブリシティ権侵害も肯定しています(もっとも違法性の認識可能性がないとして責任は否定)828。
損害賠償の場面では、パブリシティ権については、氏名・肖像等の使用許諾料相当額が損害額として算定され、過去の許諾契約や類似契約を参照して決められます84。判例では、パブリシティ価値の毀損自体を損害として認めるものもある一方、精神的損害(慰謝料)の賠償については「肖像等の商業的価値に基づくものであるから精神的損害を認めることは困難」として否定した判決もあります84。差止請求については、最高裁は明言していませんが、調査官解説は肯定的な立場で、実務上も認められる方向で運用されています81。
生成AIとの関係——これからの論点
最後に、いま一番ホットな論点にも触れておきます。生成AIで著名人の肖像や声を再現する行為は、パブリシティ権を侵害するのでしょうか?
学習用データとして利用するだけの段階では、商品化や広告利用が直接問題にならないため、パブリシティ権侵害は成立しにくいとする見方が有力です7072。しかし、AI生成物として著名人の肖像を含む画像を作り、それを商品パッケージや広告に使うと、ピンク・レディー事件の②③類型に該当し、パブリシティ権侵害に当たる可能性が高まります6762。偶然そう見える画像を生成した場合でも、顧客吸引力という保護法益が侵害されている以上、侵害は成立しうるという指摘もあります67。
声も「人物識別情報」として保護対象になり得るので79、AIボイスクローンによる著名人の声の再現も、無関係ではありません71。
さらに、2025年8月には、動画についてパブリシティ権侵害や著作権侵害が認められた知財高裁判決も出ています(知財高判令和7年8月28日)35。動画コンテンツの時代に対応した判例が積み上がりつつあります。
まとめ——「なんとなく」で使わないために
長くなりましたが、要点をまとめると:
- 肖像権は、誰にでも認められる人格的利益。撮影・公表が「受忍限度を超える」かで違法性を判断する(総合考慮)91。
- パブリシティ権は、顧客吸引力を持つ人(≒著名人)の氏名・肖像等の商業的価値を守る権利。侵害は「専ら顧客吸引力の利用を目的とする」場合に限られ、①独立した鑑賞対象、②差別化目的の付与、③広告使用の3類型が典型693。
- モノ・動物にパブリシティ権は認められない(ギャロップレーサー事件)29。
- 生成AIでの利用も、出口(商品化・広告化)でパブリシティ権侵害に直結しうる67。
SNSで気軽に画像や動画をシェアする時代だからこそ、「これはただの拡散か、それとも他人の顧客吸引力へのタダ乗りか?」という視点を、少しだけ意識してみるといいかもしれません。
AIの回答には誤りが含まれる場合があります。実際の文献もあわせてご確認ください。
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