LB013_M&Aに関し、現在問題視されている事象
2026/09/02
M&A仲介の「今」を問い直す——現状で問題視されている3つの論点
中小企業の事業承継や成長戦略の選択肢として、M&A(合併・買収)は完全に市民権を得た感があります。ところが、その入り口を担う「M&A仲介」の世界では、ここ数年、看過できないトラブルが立て続けに顕在化してきました。中小企業庁は2020年に「中小M&Aガイドライン」を策定したのを皮切りに、2023年に第2版、2024年8月に第3版へと矢継ぎ早に改訂を重ねており444、2025年に入ってからは経済産業省が「中小M&A市場改革プラン」まで公表しています8。ここまで政策当局が繰り返しテコ入れを図るということは、それだけ現場で「まずいこと」が起きている、ということでもあります。
今回は、いま実務・政策の両面で特に問題視されている論点を3つに絞って、ブログ風に解説していきます。
論点その1:仲介モデルに内在する「構造的な利益相反」
M&A仲介と聞いてまずイメージするのは、売り手(譲り渡し側)と買い手(譲り受け側)の両方の間に立ち、マッチングから条件調整までワンストップで手掛けるモデルでしょう。これは日本の中小M&A市場で最も多く用いられている業態です42。しかし、この「両手取引」的な構造こそが、実は最大の問題を抱えています。
譲渡対価について、売り手はできるだけ高く売りたい、買い手はできるだけ安く買いたい——両者の利益は本質的に対立します。この状況下で、仲介者は双方から手数料を受け取ります。とりわけ、複数回にわたって案件を持ち込んでくれる「リピーター」となりやすい買い手側に有利な形で取引をまとめようとする動機が働きやすい、という構造的な利益相反リスクがかねて指摘されてきました42。逆に、譲渡額が上がれば手数料も上がるレーマン方式(後述)が採用されている場合には、今度は売り手側に肩入れして無理に価格を吊り上げる誘因が働くという指摘もあります42。
こうした問題は決して机上の空論ではありません。2022年2月には、業界最大手である日本M&Aセンターホールディングスの子会社で、5年間にわたり83件もの売上前倒し計上という会計不正が明らかになりました20。営業現場で売り手側担当者と買い手側担当者が意を通じ、時には契約書を偽造して社内の売上計上基準を満たしたかのように偽装した例が多数あったことが調査委員会で認定されており、仲介業務の利益相反的な構造が不正発生に影響を与えたと分析されています1432。売り手・買い手双方を「代理」するというこのビジネスモデルは、放置すれば会計不正のみならず、やがて顧客の利益を害する形の不正にもつながりうる、というのが実務家の見立てです32。
第3版ガイドラインでは、この構造リスクに正面から切り込みました。仲介者に対しては、双方から手数料を受領する場合はその旨を両当事者に伝えること、バリュエーションやデュー・ディリジェンス(DD)といった一方に肩入れしがちな工程では「結論」を出さないこと、両当事者間で利益相反のおそれがある事項を明示的に説明することなどが最低限の措置として明文化されています4243。さらに、①追加手数料を支払う当事者やリピーターの便宜を図る行為(マッチングの優先実施、譲渡額の誘導など)、②希望譲渡価額よりも有利な価額でM&Aが成立した場合に差分の一定割合を追加報酬として要求する行為、③伝達事項を不正確に伝達する行為、④一方当事者にとってのみ有利・不利な情報を認識しながら適切に開示しない行為などが、禁止行為として具体的に列挙されました56。
論点その2:分かりにくい手数料と「レーマン方式」の落とし穴
次に、依頼者である中小企業経営者が最も戸惑うのが、仲介手数料の複雑さです。実務では「レーマン方式」と呼ばれる算定方式が多用されます。これは、報酬の「基準となる価額」を階層に分け、各階層に応じた乗率を掛けて合算するもので、一見合理的なのですが、実はこの「基準となる価額」の取り方が業者によってバラバラで、同じ案件でも報酬額が大きく変わってしまうという指摘が絶えませんでした23。
第2版ガイドラインの段階で、この点は依頼者側が事前に報酬額の目安を確認すべきポイントとして明記され、加えて、不適切事例を申し出るための窓口として2021年8月創設の「M&A支援機関登録制度」や一般社団法人M&A仲介協会の「苦情相談窓口」の存在も紹介されるようになりました23。
さらに深刻なのが、相手方から仲介者に支払われる手数料が、実質的に自分の受け取る譲渡額を圧迫している可能性があるという点です。第3版では、譲り受け側が「当該支払を仲介者への手数料ではなく、譲り渡し側に支払う譲渡額として計上すべき性質のもの」であるケースもあると指摘し、譲り受け側が仲介者に想定を超える追加手数料を支払う代わりに、仲介者が譲渡額を不当に低く誘導したり、譲り渡し側の意向に反する形で優先的にマッチングを行う行為は、典型的な利益相反行為として禁止されるべき、と明確化されました47。
こうした背景から、第3版では手数料の詳細やプロセスごとの提供業務の具体的説明、担当者の保有資格、経験年数・成約実績、さらに(仲介者の場合には)相手方の手数料に関する事項までも、書面で説明することが求められています2546。また、契約締結前に11項目の重要事項を記載した書面を交付し、明確な説明をした上で十分な検討時間を確保することもルール化されました23。
「相性で決めました」「知人の紹介だから」といったノリで仲介者を選ぶのではなく、複数社を比較し、業務範囲・報酬体系・実績・利用者の声などを確認しながら選定すべき、というのが今のスタンダードな考え方です51。中小M&A市場改革プランでも、M&Aアドバイザー個人の知識・スキルに係る資格制度の創設や、公正な競争を喚起する仲介・FA手数料のあり方に関する検討が施策の方向性として掲げられています1362。
論点その3:M&A後に牙をむく「不適切な譲り受け側」問題
3つ目は、比較的最近になって政策的にも大きくクローズアップされてきた論点です。M&Aは成約したら終わり、ではありません。むしろクロージング後にこそ、当事者間で深刻なトラブルが発生するケースが目立つようになっています。
具体的な手口として指摘されているのは、譲り渡し側(多くの場合、経営が苦しい中小企業)の窮状に乗じてM&Aを実施した後、当該企業から資金を私的に流出させる一方、譲り渡し側経営者が金融機関に対して負っていた「経営者保証」の解除や譲り受け側への移行を行わず、負債を残したまま連絡を絶つ、というものです89。これを繰り返す悪質な譲り受け側の存在が、中小企業庁でも「少なからず報告されている」と明記されるまでに至りました89。
このほか、M&A実施後に譲り渡し側の資金を個人口座に送金するといった違法行為が疑われる事例や、最終契約に定めた義務を履行しないケースなども指摘されています86。放置すれば、せっかく浸透しつつある中小M&Aへの信頼そのものが崩壊しかねません89。
そこで第3版ガイドラインは、仲介者・FA・M&Aプラットフォーマーに対し、譲り受け側について財務状況(想定譲渡対価を調達できるか、M&A後も事業を継続運営できるか)、事業実態、代表者・役員・株主等関係者の反社チェックや過去のM&Aトラブルの有無を、契約締結前および取引プロセスの各段階で調査するよう求めました8690。調査の方法としては税務申告書や商業登記簿の確認、コンプライアンスチェックなどが想定されており、譲り渡し側が債務超過の場合など譲り受け側の信用が特に重要なケースでは、より慎重な調査が必要とされています99。加えて、業界内での不適切な譲り受け側に係る情報共有の仕組みの構築や、その仕組みへの参加有無を依頼者に説明することも求められるようになりました54。
経営者保証の問題は特に深刻なため、中小企業庁は2024年8月、「中小M&A時の経営者保証の取扱いについて」と題する別途の文書まで整備しています8998。ここでは、M&A専門業者に対し、譲り渡し側に経営者保証の意向を丁寧に聴取した上で、弁護士等の士業専門家や事業承継・引継ぎ支援センター、あるいは金融機関等へのM&A成立前の相談も選択肢である旨を説明することを求めています96。金融機関に対しても、「代表者変更前だから」「M&A成立前だから」といった形式的な理由で審査を拒むのは不適切であり、可能な限り早期に経営者保証の扱いの方向性を検討すべきと明記されました94。
さらに実務上、最終契約書に、譲り受け側の義務として保証の解除または移行を明記した上で、クロージング条件として設定したり、履行されなかった場合の契約解除条項や補償条項を盛り込むといった対応が推奨されています93。
制度全体を動かす2つの潮流
以上の3つの論点は、いずれも独立した問題というより、「情報の非対称性」と「M&A成立に強く紐づいた業者の経済インセンティブ」という共通の根から派生しているとも言えます55。
こうした状況を受けて、2025年5月には中小企業庁が「中小M&A市場の改革に向けた検討会」を立ち上げ70、同年8月には経済産業省がその成果として「中小M&A市場改革プラン」を公表しました8。プランでは、質の低いM&A支援機関の存在や不適切な譲り受け側の問題を市場の課題として明示的に位置付け、①支援機関の業務内容・質の開示強化、②公正な競争を喚起する手数料のあり方の検討、③M&Aアドバイザー個人の資格制度の創設、といった方向性が示されています132962。
もう一つの潮流は、業界の自主規制の強化です。2021年10月に設立された一般社団法人M&A仲介協会は、2023年12月に「倫理規程」「コンプライアンス規程」「広告・営業規程」「契約重要事項説明規程」を策定・公表しました77。第3版ガイドラインでも、勧誘目的を告げずに行う広告・営業、即時の判断を迫る営業、過大なバリュエーションの提示、実際には譲り受け意向のない企業を持ち出して誤認させる営業などが明示的に禁止されており、相手方から広告・営業の停止意思が示された場合には直ちに停止しなければなりません727681。
まとめ——「頼れる仲介者」を見極める眼を
日本のM&A市場は、金融緩和・事業承継ニーズ・法整備の3つが揃った「普及期」にあり1237、今後も拡大が見込まれます。しかしその裏側で、①仲介モデルに内在する構造的利益相反、②不透明な手数料構造、③不適切な譲り受け側による事後トラブル——という3つの課題が積み残されており、政策当局・自主規制団体ともに矢継ぎ早の対応を続けているのが現状です。
中小企業の経営者にとって、M&Aは一生に一度あるかないかの大イベントです。ガイドラインが繰り返し推奨しているのは、複数の仲介者・FAを比較検討すること、業務内容と手数料をきちんと書面で確認すること、必要に応じてセカンド・オピニオン(特に弁護士など士業専門家)を活用すること、そして経営者保証の扱いのように事後トラブルにつながりやすい論点は事前に金融機関等へ相談することです455196。
「知り合いに紹介されたから」「営業が熱心だから」ではなく、制度と実務の現状を踏まえて仲介者を選ぶ——そんな冷静な目線が、これからのM&Aには欠かせません。
AIの回答には誤りが含まれる場合があります。実際の文献もあわせてご確認ください。
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